「ガソリン」2026年8月17日の日記
遠野物語が読みたくなり、現代語訳付きの本を買った。今の自分には文語、厳しいのではないか?とチキって現代語訳がついているものを買った。しかし文語体がいいのだという感想も見かける。へん、ただの文体の問題じゃあないかという気持ちと、文体から香り立つものだってあるじゃないかという気持ちが両方ある。しかし、自分にとってただ読みづらいものから得る情報というのは読みにくいが先に来て本当に言いたいことに目を向けられなくなるのだ。私にとっての英語はまだそういうポジションだ。
ふと帰り道に気づきを得た。最近なにかに全力投球したり、没頭したり、リスクを背負っていないと。そういう時間が訪れると、プレッシャーはすごいけど、今まさに生きてるって感じがして…それってすごく人生への肯定なんだよなぁ。過程が楽しいってこういうことじゃないですか。どうかな。自分の全てを放出して、すっからかんになって、ほしいものを見つけたい。追われてるだけじゃなくて、追いたいし。本の虫になってるのも楽しいんだけど、続くと反動で攻めたくなるのかもしれない。なんかそんなことを思いながら帰った。